今は配信でいつでも見られる便利さあるけど、曜日ごとの気分みたいなものは薄れた気がする。懐古と言われればそれまでだが、あの感覚を覚えてる人いるか。
わかります、。
月曜の朝に、新聞ひらいてですね、。
今週はこれがある、で生きていた感じでした。
俺の若い頃はな、月曜のテレビ欄で一週間の士気を決めたもんだ
最近の若者はサムネ眺めて終わり
主婦だけど一言
あれ見ながら冷蔵庫の残り物と家事の段取りまで決めてたわ
これってそんなに違うもんなの?
番組表なんてアプリで見るのと同じじゃね?
マジで分からん
ちょっと長くなるが、同じ情報でも置かれてる場所が違ったんだよ
新聞の中にテレビ欄があるから、世の中の出来事と晩飯と番組が全部ひと続きで入ってくる
要するにだな、時間そのものに棚があった
昔はそうじゃなかった、。
火曜は火曜の顔がありました、。水曜も木曜も。
日曜の夕方の絶望感までセットだからな
あれがないと月曜のありがたみもない
>>8
どういうこと?
月曜のありがたみって何だよ
嫌な日だろ普通に
うちはこうしてるよ、じゃないけど
新聞のテレビ欄だけ先に半分折って台所に置いとくのが定位置だった
あれないと月曜始まらん家は多かったと思う
長文スマンが、新聞とテレビ雑誌は役割が少し違う
新聞は今週の入口、テレビ雑誌は今週の地図だ
前者は生活に刺さってて、後者は娯楽に寄ってた
この差は地味だがでかい
>>12
新聞によるとですね、。その通りです。
雑誌は買う日があるが、新聞は毎朝くる、。そこが違う。
ラテ欄ってよく聞くけどこれって何?
ググってもわからんかった
略し方が雑すぎるだろ
ラジオテレビ欄じゃなかったっけ
主婦だけど一言、昔の略語って雑よね
>>14
は?そこからかよ
最近の若者はそこ知らんのか
>>14
要するにだな、昔はラジオの番組も新聞の中でまだ存在感があった
だからテレビ欄と言いつつラテ欄という呼び方が残った
こういう古い層が生活の時間感覚ごと残ってたのも面白い
おはようございます、。
月9、と書いてあるだけで、もう月曜でした、。
中身より先に曜日を見ていた。
>>18
月9ってそんな強かったの?
どういうこと?
ドラマ1本で曜日になるもんなんか
チラシも一緒に見てたからね
安売りの日と番組が頭の中でくっついてた
ママ友の間では火曜は卵の日みたいな話ばっかだったし
>>20
それなんだよ
俺の若い頃はな、番組表だけじゃなくスーパーの特売まで含めて一週間だった
ちょっと長くなるが、たぶん番組そのものより待つ時間が本体だった
月曜に見つけて、水木で近づいて、週末で回収する
配信は便利なんだが、この助走と着地が薄い
だから曜日の手触りが消える
月曜は月9、。
金曜は金ロー、。
それだけで充分、会話が成立した時代。
今北
金ローは分かるけど月9ってそんな国民行事みたいなもんだったのか
主婦だけど一言
火サスの日は風呂と皿洗い前倒ししてた家わりと多いよ
うちは21時までに全部終わらせるルールだった
社不だから今は毎日同じ顔してるけど
昔は日曜の夜だけちゃんと重かった記憶ある
サザエさんていうより月曜が来る音がしてた
歴史的に見れば〜定時編成が生活規律を作るのはテレビ以前からある
鐘の音とか時報とかと同じで、近代の家庭ではそれが番組表に置き換わった
昨日乗せた客がな、じゃなくて昔の話だけど
月曜の21時台は駅前が妙に静かになる日あったぞ
みんな早く帰るのよ、月9間に合うようにって
乗り鉄なめんな
日曜夜は時刻表、月曜はテレビ欄、同じ紙でも役割が違うんだよ
一週間を紙で把握してたのは割とマジ
3行でまとめると
番組待機が生活リズム
特売も接続
紙が一週間のUIだった
うちはこうしてるよ、って昔の話すると
録画する日の前夜は家族に『上書き禁止ね』って言ってた
あれで家庭内の秩序保ってた部分ある
>>32
分かる
社不なので無理だけど家の中の謎ルールだけは覚えてる
父親がスポーツ延長を敵視してた
それ1990年代にもあったぞ
延長放送は録画文化の天敵として何度も家庭内紛争を生んだ
VHSの三倍録画と野球延長は一種の史料
昨日乗せた客がな、って言いたいところだが親父の話な
火サスの日だけは電話しても出ない家があった
○○通りの電器屋のおばちゃん、絶対見てた
火曜21時って空気あったよな
それ○○線の終電近い車内でも話題になってた
『犯人誰だと思う?』って知らん客同士が喋る時代
ここまでのまとめ
月9は帰宅圧
火サスは家事前倒し圧
延長は家庭崩壊装置
ママ友の間では〜木曜はドラマより翌日の弁当の話だったけど
金曜だけは別ね
明日休みの匂いと金ローがくっついてたから
金曜ロードショーのテーマ流れると許された気がしてた
何も解決してないのに
社不の原型はたぶんあの頃からある
>>39
歴史は繰り返す
『週末の入口に共通の音がある』文化はかなり強い
昔はそれが学校のチャイムや企業の終業ベルと接続していた
土曜の深夜な、駅のロータリーで待ってると若いのが急に元気になる時間あったんだよ
深夜番組始まる前にコンビニ寄って帰る流れ
酔っ払いはタチ悪いけどあの妙な高揚感は分かる
深夜番組で言うなら番組表の縦の細さが良かった
あの小さい枠に変なタイトル並んでると宝探し感ある
時刻表の臨時列車欄みたいなもん
>>42
それな
ラテ欄の深夜帯って急に密度変わるの好きだった
昼の顔と別の街になる感じ
主婦だけど一言
深夜番組は見ないのに番組表だけは見てた
『世の中にはこんな時間にこんなの見てる人がいるのね』って確認するのが楽しかった
ラジオ欄もそうだったわ
深夜ラジオの文字だけで世界が続いてる感じあった
眠れない側の人間には救いだった
ラジオ欄が残っていたのは大きい
テレビだけで一週間が閉じていたわけではなく、夜更けには音声文化が待っていた
生活史としてかなり重要
昨日乗せた客がな、深夜2時にAMつけてくれって言うんだよ
無言で流してたら急に投稿読まれて笑ってた
ああいうのも時間の共同体だよな
>>47
分かる
終電逃したあとのラジオは効く
駅名アナウンスの代わりに人の声で夜をつなぐ感じ
今北産業
テレビ欄から
深夜番組へ脱線
ラジオが夜を回収
うちはこうしてるよ、の昔版だけど
新聞広げる順番まで決まってたのよ
父が一面、母がチラシ、子どもがテレビ欄
あれ地味に家族の席順でもあった
>>50
分かる
新聞の取り合いって小さい家族政治だよな
就職はもう詰んだがあの頃の席だけはまだ覚えてる
家庭内で紙面の優先順位があったの面白いな
歴史的に見れば〜情報へのアクセス権がそのまま家の権力構造を映す
テレビ欄は子どもにも門戸が開いてた珍しい場所
朝刊の匂いで曜日分かる家あったよな
雨の日はちょっと湿ってて、それだけで月曜しんどかった
職業柄、朝の町の匂いは今でも覚えてる
曜日の匂いって分かるわ
月曜の始発は空気重いし金曜の最終は緩い
ダイヤだけじゃなく客の顔で週が見える
ここまでのまとめ
番組表の話をしていたはずが
家族ルール、席順、匂いにまで広がった
これがたぶん本題
>>55
そうなのよ
献立も曜日で決めてたからね
月曜は手抜き、金曜はちょっと揚げる、とか番組とセットで回ってた
社不だから今の配信ありがたいんだけど
ありがたすぎて区切りが死ぬんだよな
次の話すぐ見れるから寝る理由もなくなる
>>57
それは重要
待機文化が消えた結果、視聴は自由になったが終了の儀式も消えた
昔は『今日はここまで』が編成側から与えられていた
昨日乗せた客がな、若い兄ちゃんでずっと配信見てたんだけど
『いつ寝るんですか』って聞いたら『区切りないんすよ』って言ってた
昔なら番組終わればコンビニ寄って寝たのにって思った
区切りないのは路線図のない旅みたいなもんだな
便利だけど記憶に節ができにくい
乗り換えのない移動って後で思い出しにくいし
3行でまとめると
配信は自由
でも終点がない
だから一週間が溶ける
主婦だけど一言
別に昔が全部良かったとは思わないのよ
ただ『明日はあれがあるから早く片づけよう』って小さい目印は暮らしを助けてた
>>62
それだわ
社不なので大きい目標は無理でも小さい目印で生きてた気がする
火曜21時とか金曜ロードショーとか
結局、番組表は番組の一覧じゃなく生活の暦だったんだろう
歴史的に見れば〜人は便利さだけでは時間を編めない
だから今こうして昔の月曜の形を思い出してる
結論から言うと、配信で曜日感が死んだのは事実なんだよ
見たい時に見られる自由はあるが、生活の区切りは編成が作ってたに決まってるだろ
>>65
お前ら呑気だな
曜日感どころか生活そのものが壊れてるんだよ
もう終わりだよこの国
>>65
社不だから配信ないと生きられんけど
配信あると朝まで見て終わる
就職はもう詰んだ
俺の若い頃はな、月9見たら風呂入って寝る、それで一週間が回ってたんだ
最近の若者は区切りまで早送りするから身につかん
ここまでのまとめ
テレビ欄は暦
配信は便利
でも終電がない
>>69
その例え正しい
編成は時刻表、配信はフリーきっぷで終電概念なしだろ
乗り鉄なめんな
要するに、自由度が高すぎると人間は節目を失うんだよ
これは趣味の話じゃない、生活設計の話なんだよ
間違いない
次の話が自動再生されるたびに
「まあ明日でいいか」が発動して
明日ごと消えるの草
>>72
草じゃねえよ
どうせその明日も来ないだろ
みんな永遠に薄い夜を回ってるだけ
今北産業
なんでテレビ欄から終電の話になった
3行で頼む
>>74
最近の若者は待てない
俺の若い頃はな、来週まで我慢して話を育てたんだ
ゆとりは甘え
>>74
番組表は発車標
配信は各停も快速も同時到着
ダイヤ乱れっぱなし
>>76
はっきり言ってその表現はうますぎるんだよ
曜日感ってのは中身じゃなく配置で生まれるに決まってんだろ
配信で曜日感死んだのはそう
でも社不なので放送時間に合わせる体力もない
無理
>>78
どっちにしろ詰みだろ
規則正しい生活ができる奴だけが昔を美化してるんだよ
お前ら呑気だな
3行でまとめると
昔は編成が生活を引っ張った
今はアルゴリズムが夜を伸ばす
人類は寝不足
アルゴリズムとかいう謎運行よりダイヤの方が信用できるんだよ
ダイヤ改正ふざけんなって毎年言ってる俺でもまだダイヤの方を信じる
>>81
最近の若者はおすすめに人生預けすぎなんだ
俺の若い頃は新聞のラテ欄に丸つけてた
あれが意思だ
結論から言うと、おすすめ欄は他人の都合なんだよ
テレビ欄は自分で一週間を読む行為だった
そこが決定的に違うんだよ
>>83
でも社不なので自分で読むより勝手に流してほしい気持ちもある
その結果朝5時
3ヶ月で辞めた時と同じ流れ
>>81
kwsk
なんで急に鉄道会社へのヘイトが本流みたいになってるんだ
>>85
本流だろ
平日21時台の番組固定は、東海道線で言えば215系のライナーみたいなもんだったんだよ
遅い時間にこれがあるって分かるから一日の組み立てができる
乗り鉄なめんな
>>86
分かんねえよ
でも分からなくても失われたことだけは分かる
もう終わりだよこの国
昔はな、次の日学校でも職場でも同じ番組の話ができたんだ
最近の若者は全員見てるものが違うから雑談の芯がない
>>88
そこなんだよ
編成文化は同時視聴の公共圏なんだよ
配信は個室、テレビ欄は広場、間違いない
広場は分かる
社不だから翌日の会話に入れず詰むことも多かったけど
見てない番組名が飛び交うだけで一週間の進みは感じてた
今北産業
配信は個室
テレビ欄は広場
鉄オタが暴走中
>>91
要するに、暴走してるようで核心なんだよ
時刻表と番組表は社会の同期装置なんだよ
に決まってるだろ
>>92
そうそれ
ダイヤ改正で接続が崩れると沿線民の生活全部ズレるだろ
それと同じで編成が消えると火曜22時の手触りごと消えるんだよ
それ京浜東北線の快速廃止級の事件だから
>>93
急に具体的すぎて笑う
でも火曜22時の手触りって言い方は分かる
社不なので手触りしか覚えてない
>>94
笑ってる場合か
その手触りもどうせ数年で全部サブスクのUIに均されるだろ
お前ら呑気だな
最近の若者は倍速で見てるとか言うがな
俺の若い頃はな、CMまで含めて待ってたんだ
あの無駄が呼吸だった
ここまでのまとめ
配信は自由すぎて夜が伸びる
編成は社会の同期装置
CMすら呼吸という新説
>>96
新説でも何でもない
CM前の引きで湯呑みに手を伸ばす、その反復が生活なんだよ
はっきり言って無駄じゃない
金ローは実質終点案内だったんだよな
あれ見終わると『本日の営業は終了です』感がある
配信は山手線みたいに一生回ってる
>>99
山手線みたいに一生回ってる配信は草
社不なので降りる駅を毎回逃す
無理