小さい会場、手作り感、妙に濃い客席。今の大規模イベントも良いけど、あの雑な熱気が懐かしい。
ちょっと長くなるが、あの頃の小さい箱って入った瞬間に湿度が違ったんだよな。
物販の段ボールが普通に通路に積んであって、スタッフも客も半分身内みたいな顔してた。
今なら消防法とか導線とかで一発アウトっぽいけど、熱だけは本物だった。
彡(゚)(゚)「パイプ椅子のギシギシ音まで含めてライブやったんや」
教えてやるが、昔のイベントは良くも悪くも段取りが雑だった。
開場押す、整理番号機能しない、司会が台本なくす。
でも客もそれ込みで笑ってた。今なら即炎上だな。
雑でも秩序はあったんだよ
列ぐちゃぐちゃでもなぜか最後は並ぶ
日本人としての常識がまだ残ってた
それは存在論的に言えば、イベントとは会場ではなく「同じ空気を吸った」という記憶の束なんだよ。
小箱が狭かったのではない。
我々の自意識がまだ巨大化していなかった。
>>6
急にハイデガー呼ぶなや
こっちは整理券の話しとんねん
昔の客席の濃さって、人数の少なさもあるけど逃げ場がないのがデカい。
隣の奴の推し、持ってる紙袋、汗、全部わかる。
イベント後に駅までの道でまた同じ顔を見るまでがセット。
>>3
パイプ椅子は本当に鳴った。
若いのは知らんだろうが、前列が一斉に前のめりになると会場全体がキィ……って言うんだ。
覚えておけ。
パイプ椅子にも礼儀があった
跳ねるな、畳むな、勝手に持って帰るな
声優さんが普通に裏口じゃなく客と同じ階段使って帰ってた記憶あるわ。
もちろん声かけるなよ、って空気はあったけど、見えてしまう距離だった。
今考えるとかなり危ないんだが、当時はそれが「近い」って喜ばれてた。
>>15
だいたい合ってる
あと列形成という伝統を守れ
長文スマンが、昔の雑さって運営が怠けてたというより、イベントの標準化がまだ弱かったんだと思う。
チケットも手売り、告知もチラシ、会場も多目的ホール。
だから客側も「完璧なサービスを受ける」より「現場を成立させる一部」みたいな意識があった。
>>17
汝自身を知れ、そして整理番号を知れ。
番号を知らぬ者は列において迷う。
昔はスタッフの声が通らないから、前の客が後ろへ伝令してたんだよ。
「あと5分押しだってー」って波みたいに伝わる。
あれはあれで共同体だった。
伝令係打線組めるやろ
1中 開場押し
2二 物販最後尾
3遊 撮影禁止
4一 走らないでください
5三 整理番号順です
6左 トイレあっち
7右 落とし物
8捕 終演後握手なし
9投 まだ入れません
>>20
9番投手が毎回完投してたな
「まだ入れません」の一点張りで客を黙らせる剛腕
>>20
8番捕手の「握手なし」は虚無を受け止めるポジション。
物販も今みたいに在庫管理されてなくてな。
箱を開けたら予定にないTシャツ出てきたり、逆にパンフが足りなかったりする。
勉強してから来いと言いたいが、運営側も勉強中だった時代だ。
パンフは紙で残るから偉い
配信アーカイブは便利だが、紙の重みには勝てん
>>26
紙袋がどんどん増えていく感じもイベントの一部だった。
帰りの電車で折れないように膝に置いて、隣の人も同じ袋持ってる。
あの気まずい同胞感な。
>>27
同胞感はわかる。
ただし電車内で戦利品を広げるな。
それは昔から普通に迷惑だ。
同じ袋を持つ他者を見ると、人は自分が群衆であることを知る。
ソクラテスも言っているが〜、対話は広場から始まる。
当時の広場は駅前のマクドだった。
駅前マックで反省会してたら出演者っぽい人が隣に座って全員無言になるやつ
>>30
そこで騒がないのが常識
距離が近いほど節度が必要なんだよ
>>30
あったなあ。
気づいてるけど気づいてないフリをする謎の儀式。
今ならSNSに書かれて終わりだが、当時はせいぜい身内の日記にぼかして書くくらいだった。
結局、近かったのは会場だけじゃなくて情報の流れも遅かったからだな。
その場で見た人間だけがしばらく抱えていられた。
良い時代と言い切る気はないが、雑な熱気があったのは確かだ。
>>33
情報の流れ遅いのはデカい。
今期のイベント感想とか秒でインプ稼ぎに使われるけど、昔は帰ってから掲示板に断片だけ落ちる感じだった。
>>34
断片だけって逆にエンゲージメント高そう
匂わせ投稿でリーチ伸ばすやつやん
MECEに分解すると、距離が近いメリットは体験価値、デメリットは境界線の曖昧化。
So what?としては、懐かしむなら後者もセットで見るべき。
縦走ルートは近道に見えて危ない道がある。
イベントも距離が近いからって軽装登山はやめろ、みたいな話だな。
近い距離って、ちゃんと線引きできる人には楽しいんだよな。
毒親育ちからすると、近い=踏み込んでいい、になる人が普通に怖い。
>>39
わかる。
昔のイベント、声優に話しかけられた話が美談っぽく語られがちだけど、今なら普通にスタッフ止める距離感もあった。
当時スマホあったら絶対炎上してる小ネタ多そう
これバズらせるって言って切り抜く奴が出る
百名山80座制覇して思うが、昔の山小屋も距離近かった。
良さもあるが、雑魚寝の隣人が常識人とは限らん。
小箱イベントも同じだろ。
>>43
急に山小屋になるの草
でも言ってることはわりと正しい
ファン同士の家族感みたいなの苦手だった。
家族神話うざいってなる。
同じ作品好きなだけで距離ゼロになる人いるし。
>>45
同担だから仲間、みたいなのはあったな。
原作組だけど、初対面で考察ノート見せられた時はちょっと引いた。
昔の雑さは、運営側の未成熟と参加者側の善意で成立していた。
ただ善意前提の設計はスケールすると破綻する。
3C以前にリスク管理が薄い。
>>49
列形成を客の良心に任せるやつな。
今思うとよく事故らなかったなって現場ある。
軽装登山はやめろと同じで、列形成も装備がいる。
水、地図、スタッフ、ロープ。
>>51
イベント会場に地図持ってくるのはコミケだけでいい
でも昔の方が現場に行った人だけの特権感はあったんだろうな。
今は誰かが即レポして、リーチ伸びた順に記憶が上書きされる。
>>53
それはある。
昔は思い出を自分の中に置いとけた。
今は感想まで評価される感じがしてしんどい。
作画崩壊しとる回でも上映会で監督が出てきて頭下げたら、客席が拍手するみたいな空気あった。
近いから許す、みたいな危うさもあったよ。
>>56
今ならその謝罪だけ切り抜かれて炎上コース
登攀で近い岩ほど落石が直撃する。
近さは熱も届くが、ミスも直撃する。
スタッフに顔覚えられるのを喜ぶ人もいれば、怖い人もいる。
親ガチャ失敗勢としては、覚えられる=逃げにくい、って感覚が先に来る。
>>60
常連認知は昔の小箱だと普通にあったな。
良い話として語られるけど、逃げ場のなさもあった。
運営目線だと、常連は初期コミュニティを支える資産。
ただし属人化すると新規参入障壁になる。
Why so?と聞くと、濃い客席が空気を固定するから。
濃い客席って表現、今だとタグ化されそう
#濃い客席 でインプ狙うやつ出る
でも濃い客席って本当に濃かった。
作品知識が濃いだけじゃなくて、人生ごと持ってきてる感じの人がいた。
>>65
百名山でもいる。
山が趣味じゃなくて、山に身を預けすぎてる人。
アプローチを間違えると帰ってこられない。
居場所がなかった人にとって、ああいう小さい会場は救いだったと思う。
でも救いの場所だからこそ、依存が強くなる人もいた。
>>68
それを全部まとめて「昔は良かった」で片付けるのは雑だよな。
良かった部分と危なかった部分が同じ近さから出てる。
今の大規模イベントは遠いけど、距離があるから守られてる部分もあるんだな。
エンゲージメント低い席でも安全は高い。
>>70
エンゲージメント低い席ってなんだよ
標高低い席みたいに言うな
結論としては、昔の熱気は再現できないし、再現しようとすると危うさも復活する。
仮説→検証の結果、懐かしむ対象は空気であって運用ではない。
>>72
運用は今の方が絶対いい。
でも帰り道に同じ紙袋の人を見て、ちょっとだけ同志みたいに思う感覚は消えた。
その同志感も、優しい時は救いだけど、濃すぎると監視になる。
同じ顔が毎回前列にいるのを、懐かしいで済ませていいのかは少し迷う。
ここまでのまとめ
近さは救いだった
近さは危うさでもあった
濃い客席って知識量じゃなくて人生の持ち込み量だった
>>75
親ガチャ失敗してると、顔覚えられるのが嬉しい時期あるんだよ。
でも毎回いる人に毎回見られてるって気づくと、急に実家と同じ空気になる。
>>76
それ鉄道でもあるわ。
常連だけでホーム端の立ち位置が固定されてて、初見が入ると空気変わるやつ。
乗り鉄なめんな以前に、あの視線は普通に怖い。
昨日乗せた客がな、神田明神通りから秋葉原駅前交差点までで昔のイベントの話してたんだよ。
小さい会場は出演者が近くて最高だったって笑ってたんだが、最後に「でも前列の右端の人、毎回同じ服だったな」って言って急に黙った。
酔っ払いはタチ悪いけど、あれは酔いが醒めた黙り方だった。
距離が近いこと自体は多様性でもインクルージョンでもある。
でも居場所を理由に境界線をなくすのはアウト。
出演者にも客にも人権がある。アップデートしろ。
今北産業
懐古スレ
客席の濃さを語る
なんか最後ホラーになってる
>>80
終電後の回送みたいな空気になってて草
でも昔のイベント帰り、同じ紙袋の集団が同じ改札に吸い込まれていく感じは確かにあった。
>>81
同じ袋、同じ缶バッジ、同じ列。
あれで救われた人もいたし、あれで逃げ場をなくした人もいたと思う。
家族神話うざいのと同じで、界隈神話も少しうざい。
昨日の客、降りる時に言ってた。
「濃い客席って、客が濃かったんじゃなくて、客席そのものがこっちを覚えてた気がする」って。
昭和通りで見たネオンより、その言い方の方が妙に残ってる。