18時のチャイムが鳴った瞬間、オフィスの床に波が立った。最初に鞄を浮き輪代わりにしたのは経理の佐藤だった。
定時で海になる会社なら出社しない俺の勝ち
無職のプロだぞ
鞄を浮き輪にするのは情報漏洩的に危ない
PC入ってたら終わりだぞ
波はコピー機の下から来た。
灰色のカーペットがめくれ、蛍光灯の光を拾って白く光った。
佐藤は鞄を胸に抱えたまま、総務島の方へ流された。
データで見ると定時後に災害が発生する職場は離職率高そう
部長は椅子の上に立っていた。
革靴の先まで濡れていた。
「まだ退勤処理が終わっていない」と言った。
誰も返事をしなかった。
退勤処理より避難誘導だろ
勤怠ログより人命優先しろよ
N=1だろそれ
毎日海になるか確認してからブラック判定しろ
佐藤の鞄は黒い合皮だった。
浮き輪としては頼りなかった。
それでも佐藤は沈まなかった。
机の引き出しから出た封筒が、水面で小魚のように散った。
封筒流れてるの普通に個人情報だぞ消せ
給与明細とか混ざってたら特定されるぞ
俺の口座残高もプランクトンみたいなもんだし親近感ある
上司は退勤を認めなかった。
「今日中に資料を直せ」と言った。
その声の途中で、観葉植物の鉢が横倒しになった。
土は水にほどけて、足元を茶色にした。
観葉植物の鉢倒れるの危険物扱いでいい
避難経路ふさぐやつ
佐藤は「判子が濡れる」とだけ言った。
波は膝まで来ていた。
誰かの弁当箱が浮いていた。
唐揚げだけが先に沈んだ。
弁当箱の浮力より唐揚げの密度が勝っただけ
サンプル数は?
少し待ってくれ。
次に沈んだのは唐揚げではなく、タイムカードの機械だった。
部長だけがそれを見て、明らかに動揺した。
続き書く。
タイムカードの機械は、沈む直前に一度だけ赤く点いた。
18:00。
打刻済みの社員証だけが、水面に浮いた。
未打刻の社員証は、紐ごと机の下へ引かれた。
出退勤で浮力変わるの草
勤怠システムが物理エンジン持つな
社員証浮いてるの個人情報だぞ
番号見えたら特定されるぞ消せ
18時に帰れる人だけ浮くなら婚活市場より分かりやすい
残業常態化の男ほんと地雷率高すぎ
部長は沈んだ機械を拾おうとした。
佐藤が止めた。
「それを持つと、昨日の分まで沈みます」
誰も意味を聞かなかった。
聞く前に部長の革靴が片方沈んだ。
負債が靴から沈むのリアルすぎる
労務デットの可視化じゃん
このコピペ思い出した
定時「帰れ」
社員「まだ仕事が」
会社「なら海な」
社員「なぜ」
会社「帰らない理由を沈めるため」
昨日の分まで沈むって残業スタック制か
デバフ解除条件なに
解除条件は分からなかった。
ただ、18時を過ぎてから仕事をした者の周りだけ、海水が濃くなった。
コピー機の前は暗かった。
営業の島だけ、まだ蛍光灯が点いていた。
コピー機のログ見たら誰が残業してたか出る
それセキュリティ的にアウトだぞ
営業の島だけ明るいの分かる
帰るって言った人から罪悪感で刺してくる職種
営業島だけ常時夜戦マップなのやめろ
視界デバフ入ってる
営業島はバーン高そう
でも灯りがあるならPMFしてる可能性ある
総務の席が見えなくなっていた。
代わりに、給湯室の奥に低い島があった。
ファイル棚が防波堤になっていた。
島の中央に、総務の田中が座っていた。
腕に緑の腕章を巻いていた。
腕章で権限管理してるのはまだ分かる
ただ給湯室奥は避難導線として弱い
テンプレ貼っとくわ
総務島ルール
一、備品は流されても申請書を出すこと
二、申請書は濡れても再提出
三、再提出は翌営業日
四、翌営業日が来るとは言ってない
田中は拡声器を持っていた。
「避難より先に勤怠を確定してください」
その声が、波の上をよく通った。
誰かが笑った。
すぐに笑い声は止まった。
勤怠確定を先にするの、バックオフィスのKPIが海より強い感じある
佐藤が鞄の上で帳票を開いた。
残業表だった。
紙は濡れていた。
しかし、残業時間の欄だけインクが溶けずに残っていた。
赤い数字が、水面に映った。
残業表は労務情報だぞ
水面反射で見えるのも情報漏えいだからな
改変してみた
残業表「濡れます」
判子「滲みます」
唐揚げ「沈みます」
会社「勤務実績は消えません」
赤い数字だけ残るの怖い
人の怨念って年収欄より濃いんだな
赤数字はボスの弱点表示っぽい
佐藤がヒーラーじゃなくて記録係だった説
残業表が資産として残るなら監査ラウンドいける
ただ海水でデューデリ無理そう
部長が言った。
「それは今見るものじゃない」
佐藤は答えなかった。
残業表の一番上に、社長の判子があった。
判子だけが乾いていた。
判子が乾いてるの監査証跡として重要
保全しろ
あと写真撮るな個人情報だぞ
部長の「今見るものじゃない」ってだいたい今見るべきやつ
このコピペ思い出した
上司「今じゃない」
部下「いつですか」
上司「落ち着いたら」
会社「落ち着かないようにします」
社長室の扉が開いた。
中は海ではなかった。
床は見えた。
机も見えた。
ただ、窓の外にあるはずのビル群は消えていた。
社長室だけが、白い灯台になっていた。
社長室だけ灯台は資本政策のメタファー強すぎる
上場ゴール見えてる
そこセーブポイントじゃなくてラスダン入口だろ
灯台はだいたい過去イベある
社長室だけ別環境なのアクセス制御効きすぎ
ただ災害時に閉域化するのはアウト
社長室だけ乾いてる男、アプリなら絶対プロフィール盛ってる
灯台の光は、波ではなく社員を照らした。
照らされた者の首元に、見えない名札が浮かんだ。
正社員。
契約社員。
派遣。
業務委託。
波の高さが、それぞれ違った。
身分で水位変わるのエグい
階級デバフ可視化イベントじゃん
それ普通にしんどい
スペックとか言ってる場合じゃなくて会社の身分制度が一番地雷
雇用区分が可視化されるの個人情報どころじゃない
労務的にもアウトだぞ
テンプレ貼っとくわ
正社員「膝まで」
契約社員「腰まで」
派遣「胸まで」
業務委託「そもそも島に入れない」
総務「勤怠を確定してください」
派遣の山本が、机にしがみついていた。
部長は山本ではなく、残業表を見ていた。
佐藤が表をたたんだ。
たたんだ紙から、海水ではない水が落ちた。
部長が人じゃなく表を見るの、組織設計の失敗が出てる
ピボット以前の問題
海水じゃない水って涙ドロップか
イベントアイテム重すぎ
山本さん助けろよ
こういう時に本性出るの本当に無理
机にしがみつくの転倒リスクある
でも優先順位としては救助が先
部長はアウト
総務島からロープが投げられた。
ロープの先には札が付いていた。
「正社員用」
山本はそれを見て、手を伸ばすのをやめた。
改変してみた
ロープ「助けます」
札「ただし条件があります」
人間「沈みます」
会社「規程です」
脱出より勤怠で揉めてるのに、助けるロープにも区分あるのきつい
会社って海より冷たいじゃん
佐藤が札を外した。
総務の田中が叫んだ。
部長も叫んだ。
灯台の光が、一瞬だけ佐藤に集まった。
佐藤の残業表から、社長の判子が剥がれかけていた。
佐藤が残業表を広げ直した。
剥がれかけた判子の下に、別の文字があった。
社長印ではなかった。
「旧就業規則添付」
そう読めた。
判子の下に旧ルール出てくるの嫌すぎるw
会社の闇、ミルフィーユかよwww
データで見ると、古い規則が現場に残る会社ほど運用が属人化しやすい
ただし海になるサンプルは見たことない
佐藤は経理棚の下段を開けた。
そこだけ水が入っていなかった。
古い黒いファイルがあった。
背表紙には「就業規則・控」と書かれていた。
それは存在論的に言えば会社の根源契約である
ソクラテスも言っているが、法を知らぬ者は海を知らぬ
無職のプロだぞ
就業規則なんて読まなくて済む生活、かなり陸
ファイルの紙は乾いていた。
佐藤が開いた。
第一条の下に、赤字で追記があった。
「定時以後、社屋に残留する者は会社海域に属する」
その条文が有効なら残業者だけ沈む説明はつく
問題は誰がいつ追記したかだな
相関と因果を混同するな
ずっとROMってたけど、これ笑えないわ
残る人間ほど会社に忠誠ある扱いされるのに、実際は海域に属するって所有物扱いじゃん
山本さんがロープに手を伸ばすのやめた流れからして、規則って名目で人間を分けてるだけに見える
…またROMに戻る
部長がファイルを奪おうとした。
佐藤は渡さなかった。
部長は机の上に立った。
水面が揺れた。
机の上に立つ上司、だいたい無能
辞めれば?って言いたいが今は物理的に辞める出口がない
部長は言った。
「全員、俺の指示に従え」
誰も返事をしなかった。
部長はさらに言った。
「このフロアでは俺が船長だ」
船長wwwww
さっきまで残業表しか見てなかった船長wwwww
データで見ると緊急時のリーダー適性は平時の役職と一致しない
部長は現時点で救助判断ミスが多すぎる
船長とは何か
汝自身を知れ
机に乗っただけの管理職は船長ではない
黙ってたけど一言言わせてくれ
山本さん見捨てかけて、ロープに札つけた状況で、船長面は無理だろ
船って乗ってる人を守るためにあるんじゃないのか
会社の序列をそのまま海に持ち込むなよ
部長は総務島へ向かって叫んだ。
「派遣は後回しだ。まず社員名簿を守れ」
田中は返事をしなかった。
札を外されたロープだけが流れていた。