色味なのか、終わりの予感なのか、登場人物の距離感なのか
具体例を出して考察したい
夕暮れにしとけばだいたい名作っぽくなる説w
電柱と赤い空だけで勝てるw
色味だけで語るのは浅い
ゴダールを観ろ、夕暮れは画面の温度じゃなくて人物同士の断絶を見せる時間帯なんだよ
邦画はな〜、そこで安易に泣かせに行くから惜しい
ちょっと長くなるが、秋の夕暮れって夏の夕暮れと違って湿度がないんだよな
だから画面が感傷的なのに妙に乾いてる
楽しかった時間が終わったというより、最初から戻れないものを見てる感じになる
おじさんだけど、昔の映画館から出た時の夕方を、思い出すね(^_^)
あれも、映画の続きみたいで、ちょっと得した気分でした(笑)
>>6
おっさんの夕暮れエモくて草
急にスレの画質上げるなw
欧州映画だとベルイマンやヴィスコンティの終盤にある光の弱さがそれ
タルコフスキーの長回しが美しいのも、光が消えるまでの時間をそのまま見せるから
夕暮れは編集で切るより、待つ方が強い
夕暮れは死の予告やと思うわ
その場では誰も死なんでも、あっこの関係終わるんやなって空気あるやん
あれほんまにズルい
>>9
死の予告は草
でもわかるw 夕日浴びて走ってるだけで死亡フラグ感あるw
要するにだな、昼は行動の時間で夜は結果の時間なんだよ
夕暮れはその中間だから、まだ何かできそうなのに実際はもう遅い
この「まだ間に合う気がする絶望」が名作感の正体かもしれん
名作フィルター:秋、夕暮れ、逆光、黙る二人wwwww
これだけでアカデミー賞ノミネートやw
>>12
なるほどね(^_^)
あと、踏切も、入れてほしいね!
カンカン鳴ると、だいたい青春が、終わります(汗)
>>13
青春終わる装置多すぎやろ
踏切、夕暮れ、河川敷、あと自転車二人乗りな
キューブリックは夕暮れを情緒じゃなく不穏に使うから面白い
暖色なのに安心できない
カメラワークが冷たいと夕日すら怖くなる
ワイの夕暮れはスーパーの半額シール待ちなんやが名作になるか?w
>>16
それはそれで終末感あるわ
惣菜コーナーの秋、誰が撮んねん
長文スマンが、秋って季節自体が「成熟したあとに落ちる」イメージを持ってる
春の夕暮れなら始まりの不安、夏なら祭りのあと、冬なら孤独になる
秋だけは、満ちたものが静かに終わるから映画と相性がいい
>>18
それは、いいね!(笑)
秋の夕方に、焼き芋の匂いがすると、もう映画じゃなくても、泣けますね(^_^)
>>18
秋の夕暮れは光量が落ちる速度がええんよ
画面の中で時間が減っていく感じが出る
タルコフスキーみたいに長回しでやると、人物が何もしてなくても終わりが進む
それ技術的に言うと色温度とコントラストの問題やな
夕暮れは暖色に寄るけど影は一気に潰れる
つまり顔の情報量が減るから、観客が勝手に感情を補完する
彡(゚)(゚)「逆光で顔が見えへん……つまり泣いてても笑ってても成立するやんけ」
これズルいわ
感情の変化球やん
ちょっと長くなるが、逆光はかなり大事だと思う
人間は顔を読んで感情を判断するけど、夕暮れの逆光はそれを奪う
だから人物の本音が見えないまま、風景だけが妙に感情的になる
このズレが名作っぽさを作るんじゃないか
邦画はな〜、ここで顔をアップにしすぎる時がある
本当に強い夕暮れシーンは表情を見せない
背中、横顔、影だけでいい
表情を見せないなら駅のホームが強い
夕方のホームは人が多いのに全員どこかへ帰る途中で、主人公だけ帰れない感じが出る
それ中央線の快速ホームとかめちゃくちゃ合う
>>25
ファッ!? 急に中央線出てきて草
でも駅の夕暮れはわかる
全員帰宅打線なのに主人公だけベンチ外なんよ
要するにだな、夕暮れは「帰る時間」なんだよ
家に帰る、関係が元に戻る、日常へ戻る
でも映画の登場人物はそこで帰れない
だから夕暮れは安心の色をしてるのに、実際には排除の時間帯になる
>>27
仕組みとしてはかなりそれ
夕方の環境音って生活音が増えるから、帰属できない人物が浮く
犬の声、チャイム、電車、台所の音
SEで孤独を作れる
小津の夕方もそうだな
派手な夕日は少ないけど、家に戻るはずの時間に会話が止まる
邦画はな〜とか言いつつ小津だけは別格
彡(゚)(゚)「夕暮れ軍、1番踏切、2番駅、3番河川敷、4番逆光」
強すぎる
なお5番自転車二人乗りは地方大会で敗退
踏切はガチ
警報音で会話を強制中断できるのが映画的に便利すぎる
しかも遮断機が降りるから画面上でも二人を分断できる
京王線の古い踏切とか最高だったんだが高架化で減った
>>31
踏切は音響的にも優秀
カンカン音が一定周期だから、セリフの間をメトロノーム化できる
沈黙がただの無音じゃなくて、待たされる時間になる
長文スマンが、踏切の良さは「向こう側が見えてるのに行けない」ことだと思う
夕暮れで残り時間が少ない
踏切で移動も止められる
その間に言うべきことを言えない
これだけで別れの準備が完成する
ゴダールを観ろと言いたいが、踏切ならアニメ映画の方が露骨に使うな
実写より記号化しやすい
遮断機の黄色と黒、赤ランプ、夕日のオレンジで画面がもう警告だらけになる
>>34
警告だらけは草
恋愛映画の踏切、実質VAR判定やろ
「この告白はオフサイドです」みたいな空気出る
いや踏切を全部青春装置扱いするのは雑やぞ
路線によって音も景色も全然違う
江ノ電と西武線と東武東上線を同じ箱に入れるな
乗り鉄なめんな
スレ違いだぞ
ここは映画の秋の夕暮れシーンを考察するスレだ
鉄道路線の細部はほどほどにしろ、>>1読め
>>37
すまん
でも駅と踏切が夕暮れ演出に使われる理由の話だから許してくれ
ダイヤ改正ふざけんなとは言わん
駅の話に戻すと、駅は選択肢の場所でもある
乗る、乗らない、見送る、追いかける
夕暮れはその選択に締切を与える
次の電車が来たらもう言葉より移動が優先される
>>39
そこで長回しが美しいんだよ
電車を待つだけの時間を切らずに見せると、観客も一緒に逃げられなくなる
編集で飛ばさないから決断の重さが出る
カットを割らないのは時間圧縮しないってことだからな
リアルタイム性が出る
ググレカス案件だが、夕暮れの長回しは露出変化も含めて難しい
彡(゚)(゚)「夕暮れ、駅、長回し……」
彡(^)(^)「監督、ここで無言の二人を投入」
観客「うおおおお名作!」
チョロいけど泣くわ
夕暮れの無言は、昼の無言より意味を持ちやすい
昼だと気まずさだけど、夕暮れだと時間切れに見える
同じ沈黙でも背景が解釈を変える
>>43
それはかなり本質だと思う
沈黙そのものが名作感を出してるんじゃなくて、沈黙が置かれる時間帯が重要
秋の夕暮れは「もう説明しても遅い」という前提を作る
だから短いセリフほど刺さる
あと秋は空気が澄んでるから遠景が抜ける
技術的に言うと背景の情報量が増えるのに人物は影で潰れる
世界は見えてるのに本人だけ読めない、って構図になる
>>45
本人だけ読めないのええな
打者の表情は見えんけどスコアボードだけはハッキリ見える9回裏みたいなもんや
違うか
>>46
違うけど少し合ってるのが腹立つ
夕暮れは結果表示だけ先に出てる感じがある
試合はまだ続いてるのに負けを観客が察する
帰れない時間帯説で言うなら、夕暮れは社会全体が帰宅モードに入るのが強い
店は灯りをつける、子供は家に戻る、電車は混む
その流れに乗れない人物がいると、説明なしで孤独が伝わる
映画はそれを風景でやれるから強い
夕方ラッシュのホームで一人だけ逆方向の電車を待ってるシーンとかな
あれだけで人生のルート外れてる感じ出る
山手線でも外回り内回りで印象違うぞ
>>48
照明も同じで、街灯や室内灯が点き始めると画面に居場所の候補が増える
でも主人公が外にいるままだと、どの光にも所属してないように見える
仕組みとしては光源の配置で疎外感を作ってる
ここまで見ると、秋夕暮れは単なる綺麗な背景じゃないな
逆光で顔を隠す、駅や踏切で移動を止める、帰宅の時間で孤独を浮かせる
名作感って、画面が人物より先に別れを知ってる感じなのかもしれん
>>51
長文スマンが、その「画面が先に別れを知ってる」って表現かなりしっくり来る
人物はまだ普通に会話してるのに、背景だけがもう一日の終わりを始めてる
つまり夕暮れは感情の説明じゃなくて、感情より先に終わりを告知する装置なんだと思う
色温度の話に見えて、結局は季節の記憶なんだよな
秋の夕暮れって、誰でも一回は「帰らなきゃいけない時間」として刷り込まれてる
だから映画がそこを使うと説明なしで別れに見える
彡(゚)(゚)「まだ遊びたいンゴ」
マッマ「帰るで」
彡(;)(;)「はい」
秋夕暮れの原体験これやろ
ワイは今でも夕方にスーパーの半額シール待ってるから帰宅時間の記憶が更新されてる
無職のプロだぞ
でも夕方のチャイム聞くと謎に切ないのはガチ
声だけ明るい場面が一番キツいんだよな
夕暮れの画面で「じゃあまたね」って軽く言う演技
あれを明るく処理できる声優さんほど逆に別れが濃くなる
アプリの解散も夕方だと妙に残る
昼ならただの不成立なのに、夕方に駅前で「今日はありがとう」って言われるともう二度と会わない感じが出る
スペック以前に空が演出してくる
>>56
わかる
感情を込めて泣くより、声だけ普段通りの方が映画的には強い
タルコフスキー的に言えば、時間そのものが泣いてるから人物は泣かなくていい
このコピペ思い出した
先生「遠足は家に帰るまでが遠足です」
映画「恋は夕暮れに別れるまでが恋です」
観客「やめろ」
>>53
要するにだな、秋夕暮れが強いのは光の色だけでは説明できない
同じオレンジでも夏の夕暮れはまだ夜遊びの余白がある
秋は夜が来るのが早いから、余白ではなく締切として感じる
この締切感が別れを隠してる
夏夕暮れ「まだ花火あるで」
秋夕暮れ「もう帰れ」
冬夕暮れ「寒いから帰れ」
春夕暮れ「新生活で病め」
秋が一番静かに刺してくるやんけ
邦画はな〜と思うこと多いけど、秋夕暮れの使い方だけは妙に上手い作品がある
会話の途中で川沿いを歩かせて、距離だけ少しずつ開くやつ
カメラが寄らないから余計に別れが見える
>>58
それな
「また明日」って言ってる声が明るいのに、画面が完全に明日を信じてない時ある
声優さんの演技最高ってなるの、泣き声じゃなくて平常運転の声だったりする
夕暮れにコンビニの前で高校生が笑ってるの見るとダメージ入る
こっちは無料Wi-Fi拾って求人サイト開いたふりしてるだけなのに
帰る場所がある笑い声って強すぎる
距離で検証するなら、横並びで歩いてる二人が夕暮れで少し離れるだけで終わった感ある
手をつながない、目も合わせない、でも会話は明るい
地雷率高すぎな恋愛映画ほどここがリアル
>>65
ちょっと長くなるが、人物の距離は感情の残量計みたいに見える
昼なら単に歩幅が違うだけで済む
でも秋夕暮れだと、影が伸びるせいで離れた距離が視覚的に誇張される
本人たちは数十センチしか離れてないのに、画面上ではもう届かない
>>66
影が先に別れてる説ええな
本体はまだ一緒におるのに影だけ別方向に伸びてるやつ
彡(゚)(゚)「走者は残ってるけど試合は決まったな」
影が別れるのはキューブリックなら冷たく撮るだろうけど、日本映画だと湿度が乗る
特に学校帰りの坂道
画面の奥へ行くほど人物が小さくなるだけで、未来から消えていく感じが出る
テンプレ貼っとくわ
名作夕暮れ三点セット
・まだ笑ってる
・でも足は止まってる
・背景だけ帰宅を始めてる
これでだいたい観客は死ぬ
足は止まってるのに声だけ進んでる場面あるよな
「じゃ、そろそろ」みたいなセリフを明るく言う
でも誰も動かない
あの沈黙前の声が一番つらい
>>69
背景だけ帰宅を始めてる、これ分かる
商店街のシャッターとか家の窓の灯りとか、周りは次のフェーズ行ってる
ワイだけ昼から動いてない
働いたら負けかなと
夕方の別れ際って「また連絡するね」が一番信用できない
昼なら社交辞令、夜なら終電の都合
夕暮れだと本当に消える前の声に聞こえる
>>70
声だけ明るい場面は、カメラが引いてるほど効く
アップで泣き顔を見せたら答え合わせになる
長回しで遠くから明るい声だけ拾うと、観客が勝手に別れを補完する
>>73
まさにそこだと思う
秋夕暮れは別れを直接描かないための装置なんだよな
抱き合う、泣く、さよならと言う、そういう明示を避けても、時間帯が別れの意味を肩代わりする
だから上品に見えるし、名作感が出る
直接サヨナラ言わんのにサヨナラ感あるのズルいわ
審判がアウト言ってないのにベンチ戻る打者みたいなもんや
いやアウトは言え
ラジオで言ってたけど、別れの演技って泣くより普通に言う方が難しいらしい
秋夕暮れの画面だと、その普通さが全部裏返る
「元気でね」が元気じゃない
改変してみた
「夕暮れは好き?」
「好き」
「どうして?」
「まだ別れじゃない顔をして、別れを連れてくるから」
ポエムになったわすまん
子供時代の帰宅時間説、かなり強いと思う
町内放送のメロディ鳴った瞬間に楽しい時間が強制終了する感じ
大人になっても脳があれを覚えてる
>>78
そう考えると、秋夕暮れはノスタルジーじゃなくて条件反射に近い
チャイム、長い影、冷え始める空気
映画はそれを数カットで呼び起こす
ゴダールを観ろと言いたいが、この感覚はむしろ日本の郊外映画が強い
>>78
子供の頃の「帰りたくない」と、大人の「帰る場所がない」が同じ夕方で重なるのかも
それなら名作感って綺麗さじゃなくて、観客側の記憶を勝手に開けられる感じだわ
>>80
長文スマンが、その二重化が核心かもしれない
子供時代の夕暮れは、遊びの終わりを意味した
大人の夕暮れは、関係や人生の終わりを連想させる
映画は秋の夕暮れを置くだけで、その二つの終わりを同時に鳴らせる
子供「帰りたくない」
大人「帰れない」
観客「泣く」
彡(;)(;)「名作やんけ」
その理屈だと、明るい声が効くのも分かる
子供の頃って帰る時も「また明日な!」って明るく言うじゃん
でも映画だとその明日が来ないかもしれない
>>83
その「また明日」が一番危険なセリフなんだよな
脚本上は何も起きてない
でも夕暮れの長回しで言わせると、明日が保証されてないことを観客だけが知る
登場人物より観客の方が先に喪失する
テンプレ貼っとくわ
秋夕暮れ映画で信用してはいけない言葉
1位「また明日」
2位「すぐ戻る」
3位「寒くなってきたね」
4位「じゃあここで」
全部フラグ
「寒くなってきたね」はガチ
これ言われたらもう会話の内容じゃなくて、帰る理由を探してる段階
ワイも面接で空調の話し出したら落ちる合図だと思ってる
「寒くなってきたね」って優しさの形をした終了宣言なんだよね
アプリ疲れた身からすると分かりすぎる
相手を責めずに場を畳む言葉
ここまで整理すると、秋夕暮れの名作感は三層ある
まず色味で視線を引く
次に帰宅時間の記憶で終わりを感じさせる
最後に人物の明るい声や微妙な距離で、別れをまだ別れとして言わせない
つまり秋夕暮れは、別れを隠すために一番自然な背景なんだと思う
>>88
同意
別れを描くのではなく、別れがそこにあることだけを画面に染み込ませる
だから観客は「泣かされた」と感じにくい
ただ帰り道みたいな気持ちになって、後から効いてくる
>>89
長文スマンが、ここで少し方向が変わる気がする
秋の夕暮れって「終わり」そのものじゃなくて、終わりをまだ確定させない時間なんだよな
別れたのか、まだ続いてるのか、帰れるのか帰れないのか
その保留があるから、観客が自分の記憶を差し込める
終わりやなくて保留、せやな
夕方ってまだ夜ちゃうし昼でもないからな
どっちにも逃げられる顔しとるのがズルいねん
邦画はな〜、説明で泣かせに来る作品が多いと思ってたけど
夕暮れだけ置いて黙るタイプは正直うまい
小津とか是枝の静かな距離感は、ゴダールとは別方向で長回しが効く
おじさんだけど、夕方の道って、なんか、言わなくていい事を、言わないで済む時間なんだよね(^_^)
若い頃は、それが大人っぽいと思ってたけど、今は、ただ言えなかっただけだなあ、と(笑)
会話の余白ってめちゃ分かる
ペアーズで沈黙あると即終了みたいになるけど、映画の夕暮れの沈黙はむしろ本題なんだよね
スペックとか年収とか聞いてる昼間より、黙って歩いてる夕方の方が相手のこと出る
600cc乗ってるけど、ソロツーの帰り道の夕方がそれだわ
峠から降りてコンビニ寄って、まだ帰りたくないけど暗くなる前には帰らなきゃいけない
あの中途半端な時間、映画にされたらたぶんワイは泣く
>>95
バイクで名作感出すなや
でも分かるわ
マスツーで解散する時の「ほなまたな」も、夕暮れやと妙にしみるんよな
ちょっと長くなるが、夕暮れの会話が強い理由は情報量が少ないからだと思う
昼なら説明できるし、夜なら感情を吐ける
でも夕暮れはその中間だから、言葉が途中で止まりやすい
映画はその止まった部分を、観客の記憶で補わせる
タルコフスキー的に言えば、時間が画面の中で沈殿してるんだよな
夕暮れの会話は台詞じゃなくて、台詞の前後にある沈黙が主役になる
邦画でもそれができてる場面はある
悔しいがある
「悔しいがある」で草
でも映画通が邦画ちょっと認めるの、スレの夕暮れ感ある
完全に和解じゃなくて保留なのがいい
>>99
なるほどね(^_^)
和解じゃなくて、保留。
それは、いいね!(笑)
大人になると、仲直りも、別れも、ハッキリ言わないまま、続いてる事があるからね(汗)