気温なのか、日暮れの早さなのか、文化祭の記憶なのか。おすすめを挙げつつ分析してくれ。
結論から言うと夕暮れなんだよ。『スタンド・バイ・ミー』が秋に刺さるのは空が早く暗くなるからに決まってるだろ
『耳をすませば』は秋じゃないのに秋の記憶になる…懐かしい…
ゴダールを観ろ。『気狂いピエロ』の色彩は秋の夕方に観ると異様に残る。邦画はな〜、季節を説明しすぎるんだよ
>>4 いきなり邦画殴るなや、なんでやねん。ワイは『リンダ リンダ リンダ』で文化祭の亡霊になるで
長文スマンが、秋映画が残る理由はたぶん入口が多い。\n気温、日没、学校行事、全部が記憶のタグになる。\n『桐島、部活やめるってよ』とか映画自体より校舎の空気を覚えてるやつ多いだろ。
『花束みたいな恋をした』は秋に観ると危険なんだよ。別れの気配が全部のカットに乗る。間違いないから
>>7 これは泣ける…。コンビニ帰りの寒さまで思い出す…
タルコフスキーの『鏡』を秋の夜に流せ。筋を追うな、湿度を浴びろ。記憶ってそういうもんだ
>>10 でもわかる…秋って乾いてるのに映画の中だけ湿ってる感じある…
はっきり言って夕暮れ説で終わりだよ。『秒速5センチメートル』も日が落ちる速度の映画なんだよ
ちょっと長くなるが、日暮れが早いと映画館を出た時点で現実側がもう暗い。\nここで作品の余韻と外の空気が接続される。\n夏だと外が明るすぎて、冬だと寒すぎて、秋だけちょうど逃げ場がない。
キューブリックなら『バリー・リンドン』な。ろうそくの光が秋の夕方と相性よすぎる。長回しが美しい
今北。秋映画って『ハリポタ』やろ? 金ローで流れたらだいたい秋やん
>>15 それはテレビ欄の記憶なんだよ。でも強い。金ロー補正は映画体験の半分を支配してる
>>15 金ローのロゴ見ただけで部屋の電気と夕飯の匂いまで来る…泣いた
邦画はな〜と言いたいが『台風クラブ』だけは別枠。あれは季節の終わり方が暴力的に残る
>>18 結局邦画褒めとるやんけ。ツンデレ映画通ほんまにめんどい
要するにだな、秋に観た映画は作品名より生活の断片に紐づく。\n受験前、文化祭後、衣替え、少し寒い帰り道。\n『ジョゼと虎と魚たち』を観た時期まで覚えてるのは、話よりも自分の逃げ場のなさが近かったからだ。
『アメリ』は秋映画に決まってんだろ。赤と緑が秋の商店街なんだよ
>>21 欧州映画をそう雑に持ってくるな。でも『アメリ』は確かに秋に強い。色彩設計が記憶を殴る
ワイのおすすめは『サマーウォーズ』や。秋関係ない? 知らんがな、ばあちゃんちの記憶は秋にも来るんや
>>24 タイトルにサマーって入ってる時点で敗訴だよ
>>25 いやそこは雑に切れない。\n季節そのものじゃなくて、鑑賞後に残る「もう戻れない感じ」が秋と相性いい。\n夏映画を秋に思い出す現象も、このスレの本題に近い。
>>26 なんか急に賢そうに締めるなや。ほなワイは『学校の怪談』推しとくわ、夕方の校舎が全部悪い
>>27 長文スマンが、夕方の校舎ってかなり核心だと思う。
秋映画が残る理由は、まず光量が減って背景の情報が薄くなるから、人物の輪郭だけがやたら残る。
『学校の怪談』も怖さより、帰りそびれた校舎の湿度が記憶に貼り付くタイプ。
ここまでのまとめ
季節そのものより夕方
戻れない感じが秋
映画名より観た時の生活が残る
MECEに分解すると
1. 気候要因: 涼しさ、日没、乾燥
2. 行事要因: 文化祭、受験、衣替え
3. 心理要因: 年末前の未完了感
So what? 映画はその受け皿になる。
秋映画って聞くと『イントゥ・ザ・ワイルド』出したくなるんだよな。焚き火の絵があるだけで記憶に残る。シェラカップ最強
前の彼氏が〜秋になると毎年『花束みたいな恋をした』見返してた。こっちは別れた直後だったから普通に地獄だったけど、記憶には残る
>>32 急に実例が強い
3行でまとめると
映画
気温
元カレ
>>30 その分類はわりと使える。
ただ、気候と行事は別々じゃなくて連動してると思う。
文化祭の帰り道が寒いから記憶になるし、受験前の夕方が早いから焦燥感が増幅される。
>>34 Why so? そこは因果を整理したい。
秋の気候が心理を変えるのか、行事が心理を変えるのか。
仮説→検証でいくなら、同じ映画を春に観ても残るかが論点。
同じ映画でもキャンプ場で見ると全部秋映画になるぞ。メスティンで炊飯して、夜にタブレットで『スタンド・バイ・ミー』見る。虫の音込みで保存される
>>35 春は始まる感じが勝つんだよね。秋は終わる感じが勝つ。元カレもそうだったわ、春に付き合って秋に無理になる
>>38 恋愛をケーススタディにするなら、開始時期と終了時期で記憶のタグが変わるってことか。So what? 秋は終了タグが強い。
>>38 それは乱暴に聞こえるが、けっこう大事な話で。
秋はイベントが多いのに、イベント後の空白も大きい。
文化祭後、旅行後、恋愛後、どれも日常へ戻る瞬間が寒い。そこで映画のラストと生活のラストが重なる。
今北産業
秋は終わりの季節
映画のラストと生活のラストが同期
ソロキャンは飯を炊け
>>41 飯は大事だろ。映画館のポップコーンより、外で食う焦げた米の方が記憶に残る。UL装備で行くと椅子がないからなおさら寒い
『リリイ・シュシュのすべて』を秋に観た人、たぶん人生のどこかに傷ある。前の彼氏がこれ好きで、部屋がいつも暗かった
>>43 あれは秋というより、放課後の長さが残る映画だな。
夏の湿気もあるんだけど、観終わった後に来る冷え方が秋っぽい。
学校行事の直後に見ると危険なやつ。
ロジックツリーで見ると、秋映画記憶説の上位概念は「移行期の記憶」だと思う。
夏→冬、学生→受験生、恋人→他人。
映画は移行の証拠品になる。
>>45 証拠品は草
でもわかる
秋に見た映画、感想じゃなくてアリバイみたいに覚えてる
証拠品ならワイは『南極料理人』。秋の夜に腹減って見て、翌日メスティンでラーメン炊いた。映画の記憶なのか塩分の記憶なのか不明
>>45 恋人→他人、やめて刺さる。『エターナル・サンシャイン』とか秋に見ると最悪に残る。忘れたい話ほど季節で復元される
>>48 忘れたい話ほど復元される、はかなり本質。
秋は匂いが薄くなるぶん、逆に特定の匂いだけ目立つ。
金木犀とか暖房前の部屋とか、その一点から映画の場面まで戻される。
>>49 五感で分けるなら、視覚は夕方、触覚は寒さ、嗅覚は金木犀、聴覚は文化祭の残響。
MECEではないが、記憶の入口としては強い。
ここまでのまとめ
秋映画は作品ジャンルじゃない
夕方、寒さ、行事後で記憶に刺さる
元カレはだいたい悪い
>>51 悪いっていうか、秋に別れ話する男ってさぁ…映画みたいな顔するんだよ。こっちは寒いだけなのに
>>52 寒いならダウン持て。あと別れ話も焚き火の前なら多少マシになる。爆ぜる薪を見てれば沈黙に耐えられる
>>53 でも沈黙に耐える装置としての焚き火は、映画館の暗闇と近いかもしれん。
横にいる相手と直接向き合わず、同じものを見る。
秋の記憶が残るのは、そういう間接的な共有が増えるからかもな。
>>55 なるほど。3Cで言うと
Customer: 季節に弱った鑑賞者
Company: 映画のラスト
Competitor: 現実の寂しさ
映画が勝つ理由は、現実より編集されているから。
>>56 3Cの使い方それで合ってるのか知らんけど、現実の寂しさが競合はちょっと好き
映画館出た瞬間に暗いのがだめなんだよね。まだ18時とかなのに夜で、隣にいた人と何話せばいいかわからなくなる
>>58 それが春夏と違うところだな。
夏なら映画館を出てもまだ外が明るくて、現実に戻る猶予がある。
秋は出口でいきなり夜だから、作品世界と現実の境目が薄いまま帰宅する。
映画館出て夜なの、キャンプでテント開けたら真っ暗なのと同じ。ランタンつけるまで世界がない。『ゆるキャン△』も秋冬の方が記憶に残るだろ
>>60 キャンプ映画へ脱線しているが、暗さという変数は一貫してる。
仮説: 秋は鑑賞後の外部環境が映画の余韻を上書きしにくい。
検証: 明るい商業施設で観た場合は記憶が薄いか。
>>61 シネコン帰りにフードコート通ると余韻死ぬの、これか
>>62 余韻が死ぬというより、別の情報で蓋をされるんだと思う。
秋の単館系映画館から細い道に出ると、蓋がない。
風が冷たい、店が閉まりかけてる、駅まで妙に遠い。その全部が映画の続きを勝手にやる。
>>63 わかりすぎる。元カレと見た映画の内容は忘れたのに、帰り道のコンビニで買った肉まんは覚えてる
>>64 肉まんは秋のギア。ホットサンドメーカーで焼くと映画の記憶もだいたい上書きできる
>>65 まとめると
秋映画の正体
肉まん
ホットサンドメーカー
>>66 そのまとめはSo what?が不足。
正しくは、温かい食べ物が鑑賞後の身体感覚を固定する。
肉まんはメモリ媒体。
>>67 メモリ媒体という言い方は変だが、意味は通る。
映画単体ではなく、鑑賞前後の身体感覚がセットで保存される。
だから秋映画は名作かどうかより、寒い帰り道に耐えたかどうかで残る。
じゃあ『秒速5センチメートル』を秋に観るの危険すぎない? 冬より秋の方が、まだ戻れる気がして無理なんだけど
>>69 戻れる気がする時期に戻れない映画見るのはきついな。ワイなら山行く。焚き火して寝る。シェラカップ最強
ここまでのまとめ
気候: 日暮れと寒さ
行事: 文化祭後、受験前、別れ話
脱線: キャンプと肉まんが強い
>>71 要するにだな、秋映画が記憶に残るのは、作品が秋っぽいからだけじゃない。
生活の節目が多くて、外は早く暗くなって、体は少し寒い。
その状態で映画を観ると、物語の終わり方が自分の未整理な出来事と結びつく。ここをもう少し掘ると、このスレかなり面白くなる。
>>72 そこは映画史的にもわりと筋が通る。タルコフスキーの長回しが記憶に残るのは、画面内の時間と観客側の未処理な時間が同期するからなんだよ。
秋はその同期が起きやすい。文化祭後、体育祭後、受験前、別れ話前。全部が「終わったけど終わってない」時間だからな。
>>73 なんで急にタルコフスキー出てくんねん
でも文化祭後ってワードだけは刺さるわ
文化祭の片付け終わった日に『リリイ・シュシュのすべて』観たの思い出した…
あれ秋に観ると帰り道が全部ノイズになる…泣いた
前の彼氏が〜文化祭終わりに『花束みたいな恋をした』観ようって言ってきたの今考えると犯罪だと思う
ここまでのまとめ
文化祭後に名作を観がち
帰り道の寒さが記憶を固定
恋愛映画はだいたい事故
マジレスすると秋映画で一番残るのは『九月の校庭で鯨を待つ』な
文化祭の翌日にだけ上映されてたやつ
知ってる奴いる?
>>78 タイトルだけで泣いた
九月の校庭で鯨を待つって何それ…もうエモい…
>>78 知らんけどタイトルの作り方が上手すぎるやろ
なんかありそうで腹立つわ
>>78 あれは邦画にしては珍しく余白の使い方がよかった。校庭の白線をロングで撮る場面、ほぼアンゲロプロス的なんだよな。
鯨が実際には出ないのも正しい。観客の記憶の中だけに巨大なものを残す構造。
>>81 釣られとるやないかいwww
映画通ニキ、存在しない映画にアンゲロプロス感じるな
>>82 いや待て。架空なら架空でタイトルの批評は成立するからな
今北産業
文化祭後映画説が強まる
釣り映画が混入
映画通が幻の長文考察
でも架空映画に引っかかる感じわかる。元カレとの思い出も、あとから半分くらい自分で作ってる気がする
>>86 これは泣ける…
記憶って編集されるんだな…
>>86 それはかなり映画的。人間は記憶を再生してるんじゃなくて毎回再編集してる。
だから秋の映画体験は、映画そのものより上映後の生活音が編集点になる。コンビニの照明、校門の暗さ、部室の匂い。
>>88 急にええこと言うやん
さっき架空の鯨で泳いでたのに
マジレスすると『放課後のゴダール弁当』も文化祭後映画の代表格
主人公が焼きそばの湯気越しに失恋するやつ
検証対象
実在: リリイ、秒速、花束
怪しい: 九月の校庭で鯨を待つ
完全アウト: 放課後のゴダール弁当
文化祭後って、教室の机がまだ変な配置のままなのがいい…
そこから映画館行くと、現実もセットみたいに見える…
>>94 わかる。前の彼氏が〜文化祭の打ち上げ抜けて映画行こうって言った時、教室に戻ったら机だけ残ってて、あの時点で別れる予告編だった
>>95 予告編の使い方うますぎるやろ
本編しんどそうやけど
>>95 それ、面白いのは「映画を観た日」じゃなくて「映画館から戻った場所」が記憶の核になってる点だな。
つまり秋映画記憶説の中心は上映中じゃない。上映後に世界が少しだけセット化することだ。
3行でまとめると
秋は行事の後片付けがある
映画後の現実がまだ舞台っぽい
だから記憶が作品側に吸われる
>>99 舞台っぽい現実、いいな…
文化祭のガムテープ跡とか泣ける…