【議論】倍速で見た作品を「鑑賞した」と言ってええんか?スレ民の結論が妙に深い
映画もドラマもアニメも倍速で消化する時代、「見た」の意味がついに揺らぎ始める。笑い混じりの雑談かと思いきや、沈黙・間・視聴履歴まで巻き込んだ普通に濃い議論になっていた。
時間がないのはわかる。でも間や沈黙まで含めて作ってる作品もある。映画、ドラマ、アニメで線引きが違うのか議論したい。
倍速派にも種類ある
内容だけ拾う情報摂取勢と、単にテンポ悪いとこだけ飛ばす鑑賞勢
前者は決算短信読んでる感じ
映画館は速度変更できない時点で、身体を作品の時間に拘束する装置なんだよ
ハイデガーもたぶんポップコーン食ってた
たぶん線引きは速度じゃなく目的だな
語れるようになるために見るなら摂取
黙るために見るなら鑑賞
>>39
CMを受け止めた世代と、CMを飛ばした世代と、作品を速める世代
結局、人は時間の支配権を取り戻したいだけかもしれん
ここだけの話、沈黙って音がない時間じゃなくて観客に処理させる時間なんよ
そこ削ると感情のレンダリング待ちを飛ばしてる感じになる
業界の人間として言うと、1.25倍はまだ制作側も想定してる空気ある
2倍は字幕読みとあらすじ回収
もう鑑賞というより棚卸し
ここだけの話、視聴履歴は自分用の既読マークだけじゃなくSNS用の名札なんだよ
「見てない人」から降りられる
そこが強い
倍速の問題って速度より「どこを要点だと思ってるか」が出るんだよな
台詞だけ拾えば足りる作品と、顔が変わるまで待つ作品がある
昨日乗せた客が渋谷のスクランブルで
「倍速だとつまらない作品がわかる」って言ってたけど
それは作品じゃなくて自分の待てなさが見えてるんじゃないかと思った
結局「見た」の粒度が荒すぎるんよな
映画館で正面から見た、家で等速、家事しながら倍速、寝落ち
全部同じ棚に入れるから揉める
元スレッド: 『倍速視聴』は作品鑑賞なのか情報摂取なのか(100レス)