【泣ける】昭和の夏、扇風機と麦茶の向こう側にいた人たち
縁側、すだれ、蚊取り線香、そしてやかんで冷やした麦茶。最初は懐古スレだったのに、最後はなぜか家族の記憶で刺しにくる流れに。
今と暑さが違うと言われればそれまでだが、縁側やすだれの記憶は残ってる。昔の夏の思い出を語れ。
おはようございます、。
昔はそうじゃなかった、。扇風機を、家族で、順番に使ったものです。
首振りがこっち来た瞬間だけ、天国でした。
主婦だけど一言
麦茶は煮出してやかんごと水張った桶で冷やすのが一番うまい
冷蔵庫の麦茶とは別物
>>9 >>10 >>11
麦茶砂糖だけで三方向から殴られてて草
安価なら次は扇風機の前で「あ゛ー」禁止
>>18
両方です、。
暑い日は、暑い。
ただ、家に、すきまがありました。
土の庭、縁側、風鈴、そういうものが、少しずつ助けていた。
主婦だけど一言
打ち水した後の土ぼこりみたいな匂い、あれで夏の夕方って感じだった
今のマンションのベランダに水まいても何か違うのよ
主婦だけど一言
蚊帳は畳むのが面倒なのよ
でも蚊が入った時の家族総出の捜索だけは妙に団結する
扇風機だけで乗り切ったのを美談にするのは普通にアウト
今それやったら熱中症リスクあるし人権侵害だろ
懐古と安全軽視は分けろ
エアコンは、客間にしか、ありませんでした。
お客様が来る時だけ、つける。
子供は、ふすまの隙間から、冷気を、吸っていました、。
玄関を、開けておくと、近所の人が、茄子を置いていく。
名前は、書いてない。
でも、誰かは、わかる。
そういう時代でした、。
昔の話を、すると、叱られることも、あります。
でも、今の人に、同じ苦労をしろ、とは、思いません。
思い出は、思い出です、。
これって結局、暑さの思い出じゃなくて誰かが見てくれてた思い出ってこと?
教えてくれ
なんか少し分かりそうで分からん
母は、うちわを、使っていました、。
扇風機は子供の方へ向けて、自分は、うちわで、台所の熱を払っていた。
今思うと、あれは涼む道具ではなく、母の手でした、。
社不なので無理な人生だけど
中学の時に部活も人間関係も詰んで帰ったら、何も聞かずに麦茶出されたのは覚えてる
あれだけでその日は死ななかった
元スレッド: 昭和の夏、扇風機と麦茶だけで乗り切ってた話(121レス)