【朗報】映画館のポップコーン、ただの高い豆じゃなく“心が席に着く装置”だった
映画館でポップコーンを買うと、なぜか映画を観た満足度まで上がる。味、匂い、音、記憶まで巻き込んだ考察スレが、最後はちょっと泣ける結論にたどり着いた。
味なのか儀式なのか音なのか。自宅視聴との差を真面目に考察したい。
>>1
まず入口で買う時点で映画が始まってるんだよな
ゴダールを観ろとか言う前に売店を観ろ
音はある
袋菓子のバリバリは殺意わくのにポップコーンのもそもそは許される
あれは映画館が公式に認めた咀嚼音
>>31
バター臭は予告編の合図って言い方かなり近い
映像の予告じゃなくて身体側の予告編なんだよ
兵站考えろ
上映2時間の作戦行動に対して糖分塩分油分を事前配備してる
売店は娯楽施設じゃなく補給線
手が容器を持つのは意外と大きい
暗闇で身体の置き場が決まる
だからカップホルダーに入れた瞬間に落ち着く
意識高い映画ほど逆に買った方がいい時もある
難解な長回しに対して身体が置いていかれない
咀嚼が現実側の命綱になる
ぼくしょうがくせいです
ぽっぷこーんのにおいで
いまからえいがってなる
3行でまとめると
映画は作品
映画館は環境
ポップコーンは環境に触れる取っ手
匂いは共有、音は個人差、味は本人の満足ですわね
三つが揃うと映画館らしさになるけれど
一つでも暴走すると台無しですわ
満足度が上がるのは、上映前にもう参加料を払った気分になるからですわ
チケットだけだと観客
ポップコーンを持つと今夜の客席の一部ですわ
ここまでのまとめ
匂いは入場合図
音は他人の存在
味は自分へのご褒美
これが同時に来るから自宅視聴と違う
俺の場合は〜父親と行った映画館が最初なんだよな
席に着く前に父親が必ずLサイズ買って
映画の内容よりその紙箱を抱えてた手の熱を覚えてる
たのしいのをちいさくしてすてるの
ちょっとかなしい
でもまたかえばおおきくなる
最終整理
ポップコーンは映画をうまくする魔法ではない
映画館に来た自分を映画向きにする合図
暗闇で他人と少し合わせる共同作業
ぼくしょうがくせいです
つぎもぽっぷこーんかう
だっててがふさがると、こころがえいがを見るから