【考察】映画の夕暮れ、ただ赤いだけなのに視聴者の心を破壊してしまう
秋の夕暮れシーンがなぜか忘れられない理由を語るスレが、途中から普通に文学になってしまう展開に。色味、別れ、帰宅放送、焼き芋まで出てきて妙に納得感がある。
>>1 色味なのか音楽なのか、別れの場面が多いからなのか。印象に残ってる作品と一緒に考察してくれ。
>>1 色味やろな
秋の夕暮れって赤いのに寒そうやねん
夏の夕焼けは暑そうで終わり感ないけど、秋はもう帰らなあかん感じする
ずっとROMってたけど、夕暮れって背景じゃなくて締切なんだと思う
画面の奥に太陽が沈みかけてるだけで、登場人物がまだ喋ってても「もう時間ないぞ」ってこっちが勝手に焦る
だから別れの場面と相性良すぎる
『花束みたいな恋をした』の帰り道とか、会話の中身より明るさが落ちていくのがしんどい
『リリイ・シュシュのすべて』の田んぼみたいな光もそうだけど、夕暮れって綺麗なのに逃げ場がない
昼ならまだやり直せそうで、夜なら全部終わったあと
夕方だけ「今まさに終わってる途中」だから見てて痛い
ちょっと長くなるが、夕暮れって画面の中で時間が減っていくのが見えるんだよな
朝日ならこれから始まる、夜ならもう終わってる
でも夕暮れは、まだ人物がそこにいるのに光だけ先に帰ろうとしてる
だから喪失の予告みたいに見える
要するにだな、夕暮れは「選ばなかった未来」が見えやすい
昼の明るさだと現実が強すぎるし、夜は想像が強すぎる
夕方だけ現実と妄想の比率が半々になる
だから別れの場面と相性がよすぎる
長文スマンが、映画の夕暮れは情報量が少ないんじゃなくて、情報の優先順位が勝手に決まるんだと思う
顔、影、空、沈黙、このへんしか残らない
余計な看板とか小道具が沈むぶん、感情だけが前に出る
記憶に残るのはたぶんその圧縮率の高さ
>>34 夕暮れは、月額ではありません、。
毎日、無料で来ます、。
ただし、見られる心の余裕が、課金制みたいなものですね、。
映画で夕暮れが強いのは、観客側にも既に夕暮れの記憶があるからだろうな
学校帰り、部活終わり、駅、商店街、誰かと別れた道
作品そのものより、自分の過去がそこに合流してくる
だから説明が少ないほど逆に濃くなる
新聞によるとですね、
という話ではありませんが、。
子どもの頃の夕方は、帰りなさい、という放送が流れました、。
あれも一種のエンドロールでしたね、。
映画の別れが夕暮れに置かれるのは、台詞で終わりを言わせなくて済むからですわ
空が勝手に閉店作業をしてくれますわ
おほほ、便利な演出ですわね
ちょっと長くなるが、結局夕暮れは喪失そのものじゃなくて、喪失を受け入れるための準備時間なんだと思う
完全な夜だともう諦めるしかない
でも夕方はまだ少し明るいから、見納めができる
映画がそこを使うのは、観客に別れを直視させるためなんだろう
結局OP戻ってこなくて草
色味、別れ、見納め、帰宅放送、秩序、感情のクールダウン
仮説だけ増えてスレのコスパ悪いだろ
でも百均にはない話だった