【悲報】AI絵と手描き絵の違い、もう『手』や『耳』じゃなくて“作者の在席確認”になっていたwww
AI絵と手描き絵、見る側はいったい何を手がかりに『違う』と感じているのか。スレは線の味や既視感の話から始まり、最後はまさかの“作品鑑賞が本人確認になっている”という重たい結論に着地した。
対立したいわけじゃなく、受け手の認知の話をしたい。線、構図、情報量、文脈、作者名、何が効いてるのか整理したい。
>>1
長文スマンが、見る側は画面の中だけ見てるようで実はかなり外の情報に引っ張られる
1. 作者名が有名だと粗も味になる
2. 無名だと同じ粗が違和感になる
3. AIだと聞いた瞬間に既視感探しを始める
要するにだな、絵そのものとラベルが分離してない
一瞥で来る違和感のかなりの部分が既視感だと思う
見たことある手癖の寄せ集め感というか
線の味が違う以前に画面全体の温度がどこかで見た平均値になる
ここだけの話、広告系だと『SNSで見たことありそう感』を避けるためにわざとノイズ足すことある
JPEG汚しじゃなくてモチーフの外し方の話な
2025年入ってからその指示増えた
長文スマンが、>>52をもう一歩だけ進めると
見る側は完成品そのものより、完成に至るまでの『迷いの痕跡』を読んでるんだと思う
要するにだな、微妙な直し跡とか、失敗の癖とか、途中で方針変えた痕跡まで含めて人の絵だと認識してる節がある