【懐古】昔の個人サイト巡回、あまりにも“秋の夜”すぎてネット老人会が泣く
キリ番、MIDI、黒背景、隠しリンク、閉鎖しましたの一文。昔のネットを知る住民たちが、検索ではなく“辿り着く”時代の空気を語り出した結果、笑いと郷愁が入り混じるスレに。
>>1 キリ番、日記、リンク集、MIDI。検索じゃなくて辿り着く感じがあった。分かる奴だけ来い。
ちょっと長くなるが、検索じゃなくて辿り着くってのはかなり重要なんだよな。
リンク集からリンク集へ行って、知らん管理人の日記を読んで、そこからまた同盟バナー踏む。
要するにだな、ネット全体がでかい町内会みたいだった。
MIDI自動再生で夜中に親起きるやつwwwww
隠しページ探すために背景と同じ色の文字をドラッグしてた奴www
無職のプロだぞ、ああいう作業だけは得意だった
相互リンクのカテゴリ分けで管理人の距離感が分かるんだよな
友達、尊敬、素材屋、よく行く、その他
キリ番とは偶然を運命に変える装置だったのかもしれない
ただのカウンターなのに、踏んだ瞬間だけ自分がそのサイトの歴史に混ざる
それが一番きつかった。
荒らしに疲れたのか、受験なのか、就職なのか、単に飽きたのか、こっちには分からない。
分からないままブックマークだけ残るから、数ヶ月に一回まだ押してしまう。
>>57>>58
大漁www
そんなソフトねえよ
でも今ちょっと欲しくなっただろ
長文スマンが、今のネットはこっちが止まってても流れてくる。
昔はこっちが歩かないと何も起きなかった。
だから同じ無音でも、昔の無音は置いていかれる怖さじゃなくて、どこへ行くか自分で決める怖さだった。
モニタの光は小さな焚き火だったのかもしれない
知らない誰かの日記を囲んで、我々は孤独なまま少しだけ暖を取っていた
要するにだな、昔の個人サイトは広場じゃなくて小部屋だったんだと思う。
誰でも入れるけど、入った瞬間に少し声を落とす感じがあった。
SNSは広場だから、声を落とす前に誰かが拍手か野次を飛ばしてくる。
結局、今は人が多すぎて孤独で
昔は人が少なくて孤独だったってことか
どっちがマシかは分からん
漏れのブクマにも一個だけ生きてる個人サイトあったお
最終更新2011年
背景だけまだ秋だったお