【急募】AIに「ありがとう」って言っちゃう奴の正体、スレ民の議論が最終的に句読点バトルへ
生成AIに人格を感じる瞬間は錯覚なのか、それとも人間側の認知のクセなのか。真面目なAI論から始まったはずのスレ、なぜか最後は文末の温度感と老人構文の話で盛り上がる。
仕組みを知ってても、妙に気を遣ってしまう場面がある。錯覚で片付けるのは簡単だけど、人間側の認知の話として面白い。
ぼくしょうがくせいです
しんせつにしたらAIもうれしいの?
ELIZA効果ってやつだな
昔の雑な対話プログラム相手にも人は心を読んだ
神は死んだ、でもチャット欄には何かが宿る
俺なんかプリンタにも「今日頼むわ」って言うからAI関係ない説ある
錯覚という語も雑。錯覚ならどの刺激でどの程度起きるか測れるはず。敬語、遅延、名前、謝罪文、記憶っぽい参照あたりは要因になりそう
>>43 逆。制作だとズレがアイデアになることある。ControlNetで固定しすぎると急につまらん。生成AIは表現だって言ってるのそこ
>>56 HSP気質なんで普通にありがとうって言うわ。相手がAIでも、助けてもらった形になったら雑に切れない。無意味とか言われると傷つくわ…
>>57 それAIでいいだろ以前に、礼儀は人間同士の省エネプロトコルだぞ。AIに任せろ、でもAIに気を遣うな。トークンの無駄
うちの会社でもそこはかなり見てる。人格っぽさは偶然じゃなくてUXの一部。継続利用、信頼感、離脱率に効くから、プロダクト側は当然チューニングする
人格感が搾取かどうかは設計次第。ユーザーの自律性を上げるなら支援、滞在時間と課金だけを伸ばすなら搾取に寄る。ここを分けない議論が多すぎる
人格感を完全に消すと今度は利用率が落ちる。冷たいツールは初心者が離れる。だから企業は人間味を足す。でも足しすぎると依存と誤信が出る。ここが商売の嫌なところ
AIにも上司にもとりあえず「ありがとうございます」って打っとけば丸いお。おまいらwww社会はプロンプトより文末が大事だお
「了解。」は怖いお。「了解!」は元気すぎるお。「了解です」は社畜の黄金比だお
句読点は老け、改行は癖、語尾は履歴書ですわ
このスレの結論はそれですわね