【議論】AI絵師さん、『描いた』の一言でスレを完走させてしまう
AI絵を使うなとは言わない。でも『描いた』って言った瞬間、手描き派と生成派の火種が一気に着火する模様。
使うなとは言わんけど、言葉の選び方で揉めてる気がする。生成派と手描き派、今日は逃げずに話そうや。
描いた判定RTA始まったな
「生成」「加筆」「編集」「制作」を分けて書くと、かなり揉めにくくなると思う
ずっとROMってたけど、ここで著作権の話を避けるのは無理だと思う。使う側が悪人かどうかじゃなくて、何を食わせて何が出てきてるのかが見えないまま、手描きと同じ顔で語るから荒れる。道具なら道具で、材料の来歴を話せよってなる。…またROMに戻る
黙ってたけど一言言わせてくれ。プロンプトが工程なのは分かる。でも工程の密度が違うんよ。鉛筆持って線一本引くのと、文章で方向性を指定して何十枚も出して選ぶのは、どっちも制作に関わってるけど同じ動詞で包むと雑すぎる。だから『描いた』に引っかかる人がいるんだと思う。
黙ってたけど、手描き派もAI派も『相手の客が何に金を払ってるか』を軽く見すぎだと思う。速さに払う客もいるし、線の味や作家性に払う客もいる。そこを全部同じ土俵に乗せて『描いた』の一語で殴るから終わらない。
黙ってたけど一言。効率だけで話すと、そもそも掲示板で人間が議論してる時点で負けなんだよ。でもみんなここにいる。つまり効率以外の価値を知ってるから揉める。絵も同じで、早く出るだけが価値なら『描いた』に誰も引っかからない。
ずっとROMってたけど、プロンプトは筆か論争って、結局『どこまで操作できるか』の話でもあるよな。筆は手元の動きが線に直結する。プロンプトは意図が確率の海に投げ込まれる。そこに選別や加筆が入ると制作っぽくなるけど、最初から筆と同じって言われると違和感が出る。
ずっとROMってたけど、いきなり廃業でいいって言うのは議論のアクセル踏みすぎだと思う。職業としての絵師は、単に画像を出す人じゃなくて、依頼者の曖昧な要望を整理して、必要ならラフで方向を合わせて、権利や納品形式まで管理する人でもある。AIで置き換わる工程は確実にあるけど、だから全部いらない、とはならない。逆に手描き側も、AIを使った瞬間に全部無価値、という言い方をすると実務の幅を狭める。問題は「何を誰が判断して、どこまで責任を持つか」じゃないの。…またROMに戻る
ずっとROMってたけど、注釈が作品の邪魔になるという感覚はわかる。ただ、注釈が必要になる場面と不要な場面を分ければいいだけでは。趣味で流す画像、商用納品、コンテスト応募、教材、二次創作、依頼アイコンでは要求される透明性が違う。全部に同じラベルを貼れと言うと窮屈だけど、全部ラベル不要と言うと事故る。スレタイの「描いた」は、たぶん商用や評価の場で一番揉める言葉なんだと思う。…またROMに戻る
黙ってたけど一言言わせてくれ。今の「認めたら負けみたいで嫌」はかなり核心だと思う。AIを使って作った、生成して選んだ、加筆した、という言い方でも創作者としての価値は残るはずなのに、「描いた」を手放すと負けになると思っているから揉める。手描き側も、描いたという言葉を守りたいだけでなく、仕事や評価や信用の境界を守りたい。だから本当は、AI使用者の尊厳と手描き側の境界線を同時に立てる言葉が必要なんだと思う。…またROMに戻る
表記案
手描き: 全工程を自分で描画
AI生成: 出力中心
AI加筆: 生成後に手で修正
AI補助: 工程の一部で利用
制度的にはこのくらい分けると揉めにくい
通りすがりだけど、一言だけ言わせてくれ
「描いた」は努力の申告じゃなくて工程の申告として読まれる場面がある
そこをズラすから怒られる
横からだが、一言だけ言わせてくれ
言葉を増やすのは負けじゃない
工程が増えたなら名前も増えるだけ
ずっとROMってたけど、手描き派が怒ってたのはAIそのものより、プレイしてないゲームの実績解除を名乗られる感じなんだと思う
AI派が怒ってたのは、生成の試行錯誤を全部ワンクリック扱いされたから
どっちも作業を雑に見られるのが嫌だったんじゃないか
最後に工程表だけ貼っとく
手描き: 下描き→線画→塗り→仕上げ
AI生成: 指示→生成→選別→調整→仕上げ
AI加筆: 生成→修正→加筆→仕上げ
投稿時は「描いた」単独より「描いた」「生成した」「加筆した」「制作した」を工程に合わせて使う
これで全部解決とは言わんけど、少なくとも揉め方は減るはず