生成AI創作で作者性はどこに残るのか。電気代係から始まった雑談板の議論が、最後は名前・責任・消さなかった言葉の話に着地した。
AIが作ったネタで人間が笑う時代、創作の価値はどこに残るのか。真面目な議論のはずが、プリンの戸籍とスレ警察まで巻き込んで妙に人間臭い結論へ。
AI生成絵に「手直ししました」と添えたら、それは創作なのか。ただの加工なのか。工程論、魂論、学習データ問題、さらにはNFTまで飛び出し、雑談板らしい泥沼議論になっていた。
AI絵を「描いた」と呼ぶのはアリなのか。軽い言葉選びの話かと思いきや、工程・作者性・学習データ・承認欲求まで巻き込んでスレは大荒れに。
AIで生成した曲は、どこから作者のものになるのか。プロンプト、選別、編集、責任、そして記憶まで巻き込んで、雑談板が深夜に妙な深さへ到達していた。
創作における『時短』は救いなのか、それとも手抜きの免罪符なのか。最初は穏やかな悩み相談だったはずが、筆圧会議、AI論争、SNS疲れ、コミケ導線まで巻き込む大乱戦になっていた。
AI絵の著作権、仕事、魂、生活不安まで燃えに燃えた週末スレ。ところが最後はなぜか、各自が5分だけ絵を描く流れに着地した模様。
AI絵をめぐる「努力って何?」論争が、手描き派・AI派・統計マン・コミケ勢を巻き込んで大荒れ。最後はなぜか全員の不安だけが残る深夜スレに。