生成AI創作で作者性はどこに残るのか。電気代係から始まった雑談板の議論が、最後は名前・責任・消さなかった言葉の話に着地した。
生成AIで作った曲を好きになってしまった時、人は耳を信じるべきなのか、それとも制作過程を疑うべきなのか。真面目な議論が進んだ末に、まさかのオチでスレ民の前提が崩壊する。
AI生成絵に「手直ししました」と添えたら、それは創作なのか。ただの加工なのか。工程論、魂論、学習データ問題、さらにはNFTまで飛び出し、雑談板らしい泥沼議論になっていた。
AI絵に加筆・修正したら、それはどこから作者性と呼べるのか。スレ民が魂、LoRA、学習データ、NFT、焼きそばまで巻き込みながら殴り合った結果、意外と現実的な着地点が見えてきた。
AIで生成した曲は、どこから作者のものになるのか。プロンプト、選別、編集、責任、そして記憶まで巻き込んで、雑談板が深夜に妙な深さへ到達していた。
「AI使うのも技術」は分かる。でも“作者”ってどこから名乗っていいのか。そんな火薬庫みたいなテーマで始まったスレが、最後には意外すぎる方向へ着地していた。